「認めてほしい」気持ちが強すぎるとき、私たちは何を見ているのか?
承認欲求が強くなりすぎると、私たちは無意識のうちに、次のような判断をしてしまうことがあります。
「自分を認めてくれる人=良い人」
「自分を評価しない人=悪い人」
つまり、他人の反応によってその人の価値を決めてしまう。
そして、自分自身の価値もまた、他人の評価で揺らいでしまうのです。
このような白黒思考はどこから来るのでしょうか?
それは、「認めてほしい」という強い渇望、もっと言えば、「本当の自分を見てほしい」「受け入れてほしい」という、幼少期の満たされなかった願いに根ざしていることが多いように感じます。
ジャッジの背景にある「怒り」
「マウントを取る人なんて最低だ」と感じるとき。
「この人は私を評価してくれない、だから悪い人だ」と決めつけてしまうとき。
その根底には、じつは怒りがあるのではないでしょうか。
「なぜわかってくれないの?」「なんで認めてくれないの?」という感情が、ジャッジという形で他人に向かってしまう。
すると私たちは、出会う人すべてに対して、無意識にこう問いかけてしまうのです。
「この人は善か悪か。私にとって味方か敵か。」
でも、ふと思うのです。
「マウントを取ってくる人=最低の人間」だと判断している私は、
その人を同じようにジャッジして、ラベルを貼ってはいないだろうか?
それは、ある意味で「マウントを取ってくる人」と同じ土俵に立っているとも言えます。
白黒思考を癒すには?
このような強い承認欲求は、多くの場合「育ち」や「環境」に起因していると感じます。
子どものころに、感情をまるごと受け止めてもらう体験、無条件で肯定される経験が少なかった場合、人は「評価されてやっと自分に価値がある」と思い込んでしまうからです。
大人になってからそれを癒すにはどうしたらいいか?
私が思うに、必要なのは以下の2つです。
1. 小さくても肯定される経験を積むこと
2. 怒りも、嫉妬も、寂しさも——すべての感情を否定せず、自分で認めていくこと
「こんな感情を抱く自分なんてダメだ」ではなく、
「こんなふうに感じる自分も、ここにいていい」と、自分自身で許していくこと。
それは時間がかかるかもしれません。
でも、それができるようになると、少しずつ他人に対しても「グレーで見る」視点が持てるようになります。
「善か悪か」で人を見るのではなく、
「その人の背景にも、何かあるのかもしれない」と、ひと呼吸置いて見ることができるようになる。
おわりに
承認欲求があるのは、悪いことではありません。
ただ、その欲求に振り回されて、自分も他人も苦しくなるなら——
いまこそ、自分の内側にある「渇望」と丁寧に向き合ってみるときかもしれません。
まずは、「わかってほしい」「苦しかった」「見てほしい」という心の声に、自分自身が気づいてあげること。
そこから、白か黒かではない、やわらかい世界が少しずつ広がっていくように思います。
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