カテゴリー: ブログ

  • 親が毒親だと感じたらどうすべきか

    親が毒親だと感じたらどうすべきか

    自分を見つめる

    私は、まず一番最初にすべきは、

    我慢してきた自分の気持ちに自分が共感をして、

    労ってあげることだと思っています。

    そのためには、

    同じような境遇の人の話を聞くことや、本を読むこと。

    毒親だと感じている人は、

    自分がアダルトチルドレンである可能性が高いです。

    そして、生きにくさを感じるほどの精神状態に追い込んだ家族の機能は、

    怒鳴ったり、怒りをぶつけたりしたくらいでは

    改善されません。

    毒親が間違っているとしても、

    その毒親の間違いを正すことはできない。

    だからと言って、何もできないということではないんです。

    毒親が、普通の親になれなくても、

    「私」が前向きに生きていくことはできます。

    アダルトチルドレンの可能性を考える

    毒親とは、「子どものあるがままを受け入れないことで、安心感を与えられない

    だと考えています。

    毒親に育てられた子どもはアダルトチルドレンになります。

    アダルトチルドレンを簡単にいうと、「生き残った子」

    子どもの頃から、大人の役割を荷わされた子どもで、その境遇の中で、よく生き残ったね。

    という意味も含まれていると実感しています。

    アダルトチルドレンという言葉は、毒親とは違って心理学用語になります。

    1970年代に、アメリカで、アルコール依存症の子供たちが、大人になった時に

    「生きづらさ」や「対人関係の問題」に悩み苦しんでいる人が

    多くいることが分かってきました。

    特徴は、

    • 自分に自信が持てない
    • 自分の存在価値を確認できず、酒・仕事などに依存しやすい
    • 対人関係がうまくいかず、居場所のなさ、生きづらさを感じる

    というものです。

    そこから、色々な対人関係での不適切な行動パターンが形成されます。

    • 周囲の人が期待しているように振る舞おうとする
    • 完璧主義のため失敗を恐れ、最初から挑戦しない
    • 自己認識のずれがあり、尊大で誇大的な考えや妄想を抱きやすい。
    • 「NO」が言えない
    • 愛情とはしがみつくことだと思い込み、依存するようになる
    • 被害妄想に陥りやすい
    • 表情に乏しい
    • 楽しめない、遊べない
    • 大丈夫なフリなど、本心や等身大の自分を見せられない
    • 環境の変化を嫌う
    • 他人に承認されることを求める、寂しいと感じやすい
    • 自分が悪いと罰しやすい
    • 抑うつ的で、無気力になりやすい。
    • 心身症、依存的行動に走りやすい
    • 自分が自分でないような、そこにいないような離人感を感じやすい。

    どうでしょうか。

    当てはまりますか?

    私も暗闇の中にいた頃、全ての項目が当てはまっていました。

    今でも、「NO」ということは苦手なことの一つです。

    自分の精神状態から助けを求める

    私が今までかかった精神疾患や心の病気は様々です。

    • 不登校
    • 摂食障害(拒食)
    • うつ病
    • パニック障害(過呼吸)
    • リストカット
    • 適応障害

    うつ病、適応障害の時は、仕事に行けなくなっていたので、

    診断書をもらう必要があり、メンタルクリニックに少しの間通いました。

    薬も処方され、抗不安薬と睡眠導入剤を飲んだ経験があります。

    頭がぼーっとしたり、気分が悪くなったりするので、

    途中から飲むのをやめてしまいました。

    薬の力も借りましたが、

    どちらかというと、たっぷり泣いて、たっぷり眠ることの方が

    回復するには役立ったように思います。

    メンタルクリニックは、話を聞いてもらえるところではありません。

    対処療法です。

    生きにくさの根本を改善してくれるところではありません。

    眠れない、という症状に対し、眠りやすくしてくれるお薬を出してくれます。

    アダルトチルドレンの根本の問題は、

    愛着障害です。

    愛着障害については、「毒親ってどんな親なの?」に詳しく書いています。

    愛着の形成が歪んだ状態なので、

    人と適切な関係を結べないのです。

    愛着とは、長い年月をかけて養育者との間で形成されていくもの。

    ですから、その歪んだ愛着形成を、健全な愛着形成にしていくには

    大変時間がかかります。

    心に寄り添ってもらう体験が、必ず必要になります。

    この役割を担うのが、臨床心理士。

    カウンセラーです。

    私も、不登校になり始めた大学生の頃、

    学校カウンセラーに救いを求めました。

    予約を取り、相談しましたが、

    そのカウンセラーは目も合わせず、

    バインダーにメモを取るばかりで、

    話を聞いてくれる雰囲気ではありません。

    「こんな人は信頼できない。」と思って、一度足を運んだだけで行かなくなりました。

    次に、自分がアダルトチルドレンなんだと知り、

    信田さよ子さんの「アダルトチルドレン・完全理解」という本を読みました。

    信田先生のカウンセリングを受けるためにクリニックに一度だけ予約を取って行きましたが、

    1万円以上もする相談費用が負担となり、

    それも行けなくなりました。

    「毒親だ!」と気づく時期は思春期の頃。

    助けの求め方を知りませんし、手段もないことが多いでしょう。

    自由を制限された生活をしている人も多いからです。

    私はうまく行きませんでしたが、

    選択肢の一つに、

    学校カウンセラー

    それでもダメなら、

    児童相談所。

    心療内科でも、メンタルクリニックでもいい。

    また、アダルトチルドレンであれば、

    地域に、アダルト・チルドレン・アノニマス(ACA)という自助グループがあります。

    非行に走ることも、その毒親のいる環境から離れる

    一つの手段ではありますが、逃げた先で、性被害に遭うこともありますし、

    できれば、心の問題と直に向き合える環境に手助けを求めるほうが良いと思います。

    一度ダメでも、他に助けてくれる人は必ずいます。

    まずは、自分の状態を改善できる手段を見つけましょう。

    親と自分の心の距離を保てた後ですること

    まず、心の支えを持つことができたら、

    次にするのは、親を客観的に分析するという作業です。

    自分と親が、同一視された状態になっていますが、

    関係性を客観的に分析することで、

    親と自分の人格は別物であり、

    支配から逃れられる余地を感じられるようになります。

    しかし、リストカットしたり、鬱の状態で、

    親と自分のことを客観的にみてみようというのも

    難しい話です。

    ですから、ある程度まで自分の思考が、働くようになった段階で、

    親と自分の関係について、

    分析するようにしていくと良いでしょう。

  • 親を毒親だと認識するのは思春期から

    親を毒親だと認識するのは思春期から

    毒親だと気付くのが思春期である理由

    小学校で働いていたこともあるので、子供の様子を見ているとわかるのですが、

    やはり、中学年までは親や家庭環境に順応しようとする

    子どもの健気さを感じることができます。

    ですが、中学年にもなると、

    他のお家と自分のお家を比較するようにもなります。

    徐々に、「自分のお家って変なのかな。」

    と気づくきっかけが増えていくでしょう。

    赤ちゃんはもちろん、

    幼児期、10歳くらいまでの間は、

    親が絶対的な存在。

    親を求め、一生懸命受け入れようとします。

    その環境が当たり前なので、

    疑問に思うこともありません。

    どの子にとっても、「自分の家=普通」であるということです。

    脳の発達、心の発達とともに、

    視野も広くなり、親を客観的に見ることができるようになります。

    思春期は比較の時期。

    見た目を気にするというのは、

    他者と自分の違いに気づくから。

    その時期に、自分の育った環境や、家族に対しても

    客観的に捉えて、出会った外の世界の価値観と

    比較して考えられるようになります。

    ここで、

    「我慢したり、感情を抑えたり、要求に応え続けなければならなかったりする親子関係は、普通ではない。」

    と考え出すようになります。

    思春期の頃は、言葉で自分のことを表現することが未熟であることが多いです。

    親に反発心が芽生えた時、

    今まで適応しようと努力し続けてきた分

    「親のせいだ!!!」

    と気づいた時の爆発的な怒りは相当なもの。

    私も、家中の壁や窓ガラスなど簡単に壊せるのではないかというくらいの

    エネルギーを自分の中に感じていました。

    親が毒親だと知ってしまった子どもの様子

    ①非行に走る

    選択肢の一つは非行に走るということ。

    親や家族から非行に走って距離を取ることで、心のバランスを保つ子どももいるでしょう。

    中には、身の危険から逃れるために、非行に走るケースもあります。

    この場合は、逃げた非行先でトラブルに巻き込まれることもあるので、

    いずれにしても心の安全は保たれないでしょう。

    それでも、家にいるよりはましだということです。

    ②不登校など、心の問題が表面化し始める

    親の支配力が強い場合や、とても繊細で優しい子どもである場合、

    親に反抗することができずに、過ごすケースも多いです。

    全く反抗期がないということもあります。

    家の中だけでなく、

    思春期の時期は、外の世界にも様々な問題が生じやすいです。

    いじめ・学級崩壊・親友との仲違い・教師との関係

    本人にとって、対処しきれない出来事に遭遇した時に、

    誰にも相談できず、自分で抱え込んでしまうこともあります。

    結果的に、不登校などになり、

    親に叱責されたり、自分で自分を責めたりして

    もともと愛着形成が不安定な状態がさらに悪化し、

    自己肯定感はさらに下がります。

    ③私の場合

    中学時代から、親の支配に気付きましたが、

    そのまま親の要求する自分を演じ続けました。

    親の期待に応えることでしか、生きられないと思い込んでいました。

    高校3年間と浪人時代もそのままピエロ状態でしたが、

    入る大学を自分の意思で決めることができないと悟った時期から

    いよいよ精神的に崩壊し、

    大学に登校できないという

    遅い不登校に陥りました。

    大学生の時に、自分の好きな色も決められない、分からない自分に気づき、

    パニックに陥ります。

    そこで、大学の寮生を募集するというチラシを目にし、

    藁にもすがる思いで、募集しました。

    もう親が反対するとか、そういうことは分かっていても、

    行動せざるを得ませんでした。

    どうしても、一人の時間が必要だったんです。

    運の悪いことに、

    そこの寮では、部屋の機密性やプライバシーは皆無。

    先に住んでいた先輩から、

    呼び出され、声をかけられ続けることが、

    苦痛を超えて、恐怖でしかありませんでした。

    その流れで、バイト先の友達と知り合いになり、

    そこに転がり込むようになりました。

    常識的な子だったので、

    私が親から教わっていないこと、

    一般的な常識を

    教えてもらいました。

    そこで、こんなにも私はみんなが知っていることを知らないんだということに気づいて、

    驚いたと同時に、

    自分を情けなく思ったのと、

    親に対する怒りをさらに募らせました。

    当時、私は電子レンジでカレーを温めるということもできませんでした。

    洗濯機の扱い方も教えてもらいました。

    母は、私が自立することにつながる情報を与えませんでした。

    お手伝いは、禁止。

    お手伝いをさせられすぎて辛かった人もいるかもしれませんが、

    私の場合は、

    溺愛は受けましたが、人形やペットのように育てられたことが

    とても辛かったのだと思います。

    家族構成と毒親の影響の関係

    同じ親の元で育っても、

    毒親の影響を受けやすさには違いがあります。

    ①一人っ子

    第三者の関わりが少ないほど、家庭が閉鎖的になるので、

    一人っ子は逃げ道がないことから、

    影響を受けやすい可能性が上がります。

    兄弟がいませんから、

    一人で、親の歪んだ愛情の形を受け続けることになります。

    ②歳の近い兄弟がいる場合

    歳の近い兄弟がいると、

    連帯意識を持つことがあります。

    それにより、二人で協力して

    逃げ出す道を探すことができる場合もあります。

    ③歳の離れた兄弟がいる場合

    上の子が下の子の親代わりとなり、そのため、

    上の子に精神的な負担がかかってしまうことがあります。

    私の場合はこれに当てはまります。

    6歳離れた弟がいます。

    弟の話し相手は私でした。

    いつも需要的に学校であったことなど

    話を聞いていたように思います。

    高校生の時に、弟は小学生でしたから。

    優しい声かけも、親はできませんでしたが、

    その分私がかけていました。

    私が、20歳になって、寮に飛び出した時に、彼は中学生。

    突然裏切られたような思いを抱えたようです。

    彼の認識は、すでに30歳を超えますが、

    家族の問題が全て私のせいだと認識にすり替わっているようです。

    裏切った姉が悪いという印象が強いために起こる現象でしょう。

    そのため、20年近く、うまく会話することができない状況が続いています。

    毒親育ちでも影響が少ない人がいる理由

    親以外の信頼できる大人との出会いが、子どもの心を救う場合があります。

    親戚、

    習い事の先生

    近所のスケートボード広場

    図書館の職員

    地区センターの職員

    「あなたは悪くない。親がおかしい。」

    そう言ってくれる人がいれば、心は軽くなります。

    たった一人でいい。

    自分を理解してくれる人がいる。

    それが生きる希望となります。

    「誰も自分を理解してくれない。」という思いが、

    生きる気力を奪っていきます。

    誰にも分かってもらえない自分なんて、

    生きている価値があるのか、

    生きていく意味があるのか、

    自分の命に価値がないと感じる方向へ、

    思考が向いていくようになります。

    私の場合、

    学校の教師に対しても、怒りを向けるようになりました。

    お母さんがおかしいのに、

    なぜ気づかないのか。

    どうして、誰も分かってくれないのか。

    または、

    教師が無理解な場合も、

    なぜ、母は教師の見方をするのか。

    理解してくれないのか。

    そういった気持ちになったこともあります。

    私の母は、PTAをとても熱心にしていました。

    9年間も。さらに高校にまで、ボランティアなどで

    出入りしていました。

    母は、学校の教師の中でも有名な人物でした。

    私の母を悪くいう人はいないでしょう。

    とても熱心なので。

    家庭でも、学校でも

    母の支配から逃れられない、がんじがらめの状況が続きました。

    「大人は信じられない」

    「誰も分かってくれない」

    この呪いのような思いが、自分を幸せにする方法とは

    真逆の方向に、自分を進めることとなります。

    私の本当の気持ちを受け止め、

    理解していくれる人が一人でもいれば違ったでしょう。

    「いい子にならなくてもいい。」

    その一言だけでも、誰かにかけてほしかったと思います。

    何気ない大人の言葉が、

    対等に子供を一人の人間として認め、

    話に耳を傾けてくれる大人の存在が、

    子どもの命を救うことになるという事実に

    たくさんの人が気がついて欲しいと思っています。

  • 夫は釣った魚に餌をやらない

    夫は釣った魚に餌をやらない

    釣った私に餌を与えていた頃

    私の夫はそんなに器用なタイプではありません。

    付き合い初めの頃は、必ず手を繋ぎ、私のペースに合わせて歩いてくれました。

    エスカレーターでも必ず上りは夫が後ろに周り、下では先に乗るという、

    安全意識の高いエスコートしてくれました。

    今までの人生で、こんなに大事にされたことがないと思っていたことと、

    感覚、価値観、笑いのツボなどが似ていたので、この人なら長い時間過ごせそうだなと感じていたことが

    結婚の決め手でした。

    一緒に働いていた期間が2年ほどあり、付き合ったのは2ヶ月ほどで結婚を決めました。

    お互い、30代後半で結婚を意識したこともあり、温める必要性を感じていませんでした。

    本当に、これでもかというほど大切にしてくれていたんです。

    妊娠期間も、何よりもまず私のことを考えて行動してくれていました。

    子ども誕生 結婚詐欺

    その恩恵は、子供が生まれた日からぱたっとなくなります。

    全て娘に移行しました。

    あまりに可愛くて仕方がないのと、初めての体験と、様々な思いがあったのでしょう。

    繰り返しになりますが、

    私の夫は器用なタイプではない。

    そして、ひとつひとつ、きちっと身の周りのことを把握したい人なので、

    守備範囲も広くないと思います。

    出産しても、ある程度はわたしへの

    安全警備意識も継続すると思っていたのですが、

    想像以上に、夫の守備範囲の外の存在になりました。

    0歳児娘の安全と幸せが何よりも大切。

    それはもちろんです。

    しかしこんなに、変わるものか!と。

    例えば、

    ベビーカーを押した夫と私で歩いていた時、

    寒い道だからという理由で、

    ものすごく大股でスピードを上げて歩く夫。

    みるみる、3メートル、5メートル、10メートルと距離が開いていきます。

    もちろん、娘には防寒具しっかり着せています。

    これじゃ、のんびり散歩も楽しめません。

    「置いてかないでよ!」

    と叫ぶ始末。

    これこそ、結婚詐欺です。

    大事にしてくれると確信して、結婚しました。

    しかし、娘が産まれた途端、

    反故にするなんて!

    環境の変化に合わせてコミュニケーション

    結婚して7年。

    今では、生活を共にし、目指す目標に向けて頑張る同志のような関係になっています。

    ラブラブという雰囲気は0。

    これは、日本的な夫婦というのでしょうか?

    今思うと、恋愛期間をふと思い出せることが、今の励みにもなるので、その短い期間を

    思い切り楽しむのは大切です。

    人間の脳の構造から、恋愛モードが続くのは3ヶ月ほどだそう。

    その間の思い出は、本当に大切です。

    結婚し、寝食を共にするようになると、

    さらにお互いのことがたくさん見えてくる。

    違う環境で生きてきたのだから、

    それを擦り合わせて、譲り合って、

    育った家のルールに則るのではなく、

    私たちが目指したい家庭とはどういうものなのか。

    それを常に一致させることが必要です。

    結婚詐欺!とは思いましたが、

    私も、機能不全家族で育った経緯もあり、

    子育て、娘がのびのび生き生きと過ごせる家庭づくりというのが

    何よりも大切なことなので、

    目指す方向は同じです。

    ですから、娘が誕生して、生活が一変したことで

    適応するまで時間のかかる夫のことを

    見守る役目があったのだと、振り返って感じています。

    生まれた当時より、4年も経つと、

    夫にもゆとりが出てきています。

    視界に私のことも入るようになってきました。

    子育てをしている人は沢山います。

    だから、自然にできるように感じていましたが、少し違うのかもしれません。

    2人の関係が、3人になる。

    しかも0歳児という、未知の存在がやってくる。

    夫婦の距離感、繋がり方にも変化がやってくる。

    オムツの変え方、沐浴の仕方、HOW TOを共有するだけでも大変なのですが、

    常にお互いの心にも目を向けて、

    どんな毎日を過ごしたい?

    何を大切に子育てしたい?

    どんな老い方をしていきたい?

    そんなことも同時に話していくと、

    変化していく家族の流れを

    上手に作り、幸せの輪を広めていくことができるようです。