投稿者: opensuiha

  • 「自分を演じるとき」人は疲弊する

    「自分を演じるとき」人は疲弊する

    先日、1泊2日でオーラソーマの研修を受た。

    HSPの気質がある私は泊まりがけの活動をすると、その時は楽しく過ごせても、帰宅後体が動かなくなることが多い。

    にもかかわらず、今回は寝込むことなく過ごせている。

    それはどうしてだろう?と考えてみた。

    「ああそうか。自分が自分のままでいられたからだ。」

    いつもは、お邪魔させていただいた場所のオーナーだったり、

    その場にいる人が何を自分に求めているのか、探りながら過ごしていたことに気づく。

    夫婦で一緒の場合は、

    夫と仲良しだと思われるにはどう行動すると良いか。

    良い妻に見られるにはどう行動すると良いか。

    良い母に見られるにはどう振る舞うと良いか。

    幸せで何も問題ない人としてみられるにはどうしたら良いか。

    あげたらキリがない。

    相手に合わせて、自分を作ろうしていれば、疲弊せるのは当然のこと。

    等身大の自分でいることが、

    ありのままの自分でいることが、自然のこと。

    ありのままの自分を否定されるのが怖い、

    ただの自分なんて、ダメに決まっているから不安になる。

    だから身を守るために、私はいろいろなものを身につけて、

    相手に合わせた自分になろうとして、

    無理をしていたのだと思う。

    それって、何が起きても大丈夫なように、

    備えて身構えているということだから、

    チグハくな印象を周囲の人に与えることにはないだろうか?

    雪が降ってもいいように、毛糸の帽子を被る。

    急に暑くなった時のために、ノースリーブのシャツを着て、

    身動き取りやすいようにズボンを履き、

    可愛く見えるようにスカートも重ね着する。

    周りの誰かに合わせた自分を作ろうとすると、こんなファッションになってしまう。

    正直いうと、こんな格好の人には近づきにくいかも。

    このファッションをしている当人も、暑苦しいし、居心地悪い。

    疲弊するの、当たり前だよね。

    誰かのためではなく、今ここにいる自分でいることに努めた方が

    ずっと気持ちいい。

    私は私。

    他の誰かになることはできない。

    平均的な私でいる必要もない。

    個性的なあなたや私がいるから、世の中は循環し、美しいものになるんです。

  • 「あなたのためなのよ」は誰のため?

    親や教師、年上の友達、誰かに「あなたのために言っているのよ。」と言われて、もやもやしたことはありませんか?

    私はあります。

    あのとき、なんであんなに真綿でぎゅっと締め付けられるような気持ちになったのだろう?と考えてみました。

    私はモノトーンの洋服をよく着ていました。その時、友人は、

    「色を使った服装を着た方がいい。あなたのために言っている。」

    と言いました。

    それを聞いた時、私の体は緊張し、とても居心地が悪く感じました。耳を塞ぎたくなりました。

    なぜかというと、ゆったりとした落ち着いた色の洋服を着ることで、気楽さやくつろぎを得ることができていたから。

    大切なことは、選択の自由があることです。そして、意図を理解してもらいたかったのでしょう。モノトーンでゆったりとした洋服を着ることに対して、私には理由がありました。

    そして、「自立する」ということもとても大切でした。

    「介入された」と感じたことが緊張につながったのでしょう。

    実際に介入されたのか?というと私には、

    「モノトーンのほうが気持ちが落ち着くの。」

    「オーラソーマでコンサルテーションをするときは、色が干渉し合わないように、白を着たり、TPOを考えて洋服を選びたいから、心配しなくても大丈夫。」

    そんなふうに、応えることができたはずです。

    「介入された!」「相手はコントロールしようとしている!」

    私の中で、サイレンが鳴りました。過剰反応です。

    過剰反応の元は、子ども時代の私。

    小学校を卒業する頃まで、私には、洋服の選択権はありませんでした。

    母が気にいる洋服を着続けていたし、髪型も母の好きな髪型にするしかなかった。

    母の元にいたとき、わたしは自立した存在ではなかったし、自由に生き方を選ぶ選択権を持っていない子どもでした。

    友人から言葉を投げかけられたとき、同じようなエネルギーを感じた気がしています。

    ひょっとしたら、彼女はそんなつもりはなく、本当に私のために言ったのかもしれない。

    けれど私はとにかく同じように感じました。

    できれば、本当に私のためを思うなら、

    「どうしてモノトーンの服ばかり着るの?男の子のようなファッションが多いよね。」と、聞いてもらいたかった。

    その上で、提案してもらえれば私も聞く耳と応える余地が見出せたと思います。

    これは、あなたのためを思っていっているのだけど、という言葉は、「私のアドバイスを聞いた方がいい」というメッセージに伝わりがちです。

    この出来事で学んだのは、私にとって、

    気楽さ、自由であること、自立した存在でいることがとても大切なんだなということに気づけたこと。

    そういう世界を、私は作って行きたいです。

  • 毒親育ちのきょうだいの仲は?

    毒親育ちのきょうだいの仲は?

    分断を生み仲違いをさせる親

    毒親育ちだからといって、兄弟間が必ず悪くなるということはないそうです。

    DV親の場合、兄弟が協力しあって苦しい状況を支え合うということもあります。

    長子が親のマイナス感情を全面的に受け取ることで、

    下の兄弟は、毒が含まれたコミュニケーションを受ける量が少なくなることがあります。

    私の場合は、このケースでした。

    長女の立場で、常に親の機嫌を気にし、不安が減るようにと精一杯振る舞っていました。

    大人になってから、自分の感情を押さえ込みすぎてパンクし、不登校や自傷行為などの

    精神症状を発症。

    親元を家出同然で飛び出しました。

    弟には、姉が突然情緒不安定になったように見え、

    親を罵倒するようになった、私を責めました。

    「考え方が間違っている」と。

    「愛されていないわけないだろう。家を出た後、いつもお前の話ばかりにこの家はなっていたんだぞ。」

    そうした言葉を私にかけるようになりました。

    一方の子どもには、皮肉を言いつづけ、

    一方のことどもには、よく思われたくて優しい言葉をかけるという、

    全く違った子育てをする親がいるようです。

    母親から見て、同性の子どもには、厳しく当たるということが、多いように思います。

    私は、自分が生き抜くのが必死で、

    弟と関係をどうにかする余裕はなく、15年が過ぎました。

    後悔はあります。

    私さえ、我慢できていればというような罪悪感も感じていました。

    今は、「生みの家族に理解されなくても、理解してくれる仲間と新しい家族がいる。自分を今幸せにすることが一番大事なのではないか。」

    そう心から思えるようになりましたた。

    時折、実家に自由に帰れないことや、親戚付き合いができないことを、寂しく感じることはあります。

    そういう時は、自分に

    「分かったてもらいたかったんだね。仲間に入れてもらいたかったんだね。」

    と声をかけて、心を満たすようにしています。

    自分の幸せは、自分で作る、それを大切にしていきたいです。

    弟と距離を置き実家に帰らないと決めたわけ