月: 2022年8月

  • 心の傷を癒すためには

    誰でも、傷ついたことがあると思う。

    特に繊細な人は、頻繁に深く傷がつくことになる。

    環境も千差万別。

    心の傷に周囲が適切に処置できる家庭に生まれる場合もあれば、

    その反対になることもあるだろう。

    昨日、5歳の娘の足の小さな発疹が、盛り上がり膿になっていた。

    お風呂に入ってから、パパとお人形ごっこをしている間に、

    私がピンセットで、その膿を取った。

    膿を取り除いた後、血が流れ、しばらく滲んだ状態が続いたので、

    ガーゼで覆うことにした。

    朝、ガーゼを外すと、その盛り上がりも赤みも治まり、

    絆創膏を貼って様子を見ることに。

    おそらくもう、気にならないくらいの状態になっているだろう。

    この、傷についての対応の仕方は、心についても同じなんだと思う。

    心が傷ついたとき、

    その存在に目をやらずに、気づかぬふりをしていると

    そこは化膿していく。

    痛みが深くなる。

    だから、治すためには

    傷の形はどうか、どのくらいの膿で、どう対応すればいいか、

    ガッチリと目を向けて、観察する必要がある。

    心の傷の場合、ここからして目を逸らす傾向があると思う。

    ああ、傷ついているなあ。

    どうしてこんなに私の心が反応したのだろう。

    ヒリヒリするな。

    悲しいのかな。

    がっかりしたのかな。

    心の傷の元をしっかりと見つめなくてはいけない。

    次に、膿を出す。

    心の傷の場合は、

    悲しいのは、大事にしてもらいたかったからだ。

    がっかりしたのは、自分はもっとできるはずと成長したかったからだ。

    そんなふうに、自分の心から手にしたいものを言葉にして表すことなのだと思う。

    特に、そんな自分の気持ちや願いに

    心から自分で共感できたとき、本当の自分・あるがままの自分を受け入れることができ、

    自分のことを愛おしく感じることができるはず。

    この過程を踏むことで、

    癒しが起こる。

    見たくもなかった傷があるからこそ

    もっともっと、自分を愛することに繋がっていく。

    まずは「傷付けられた」「あいつが悪い」

    をお休みしてみよう。

    相手を見続けていると、自分の怪我に目を向けていないことになる。

    怪我の大きさを直視する勇気を持とう。

    傷ついた自分を見ることで、

    癒しの道につながることができるのだから。

     

     

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  • 無意識に溜め込んでいた「怒り」の正体

    無意識に溜め込んでいた「怒り」の正体

    先日、プラクティショナーとしてオーラソーマという自分で治るセラピーの勉強会に参加したきた。

    講座開始の前に、カラーボトル(イクイリブリアムボトル)を4本選ぶことになっている。

    2日目も、静かな気持ちで4本を選んだ。

    2本目に赤いろが入ったボトルを選択。

    55番 キリスト

    しかも上層ではなく下層に。

    一番向き合うべき色が赤ということ。

    赤は、怒り、愛、拒絶、サバイバル、物欲、物質、現実、お金、エネルギーなどの意味がある。

    私が、蓋をして、追いやっているものがこの、赤色のテーマということ。

    何に私は怒っているのだろう?

    と考えてみた。

    今、特に悲しいことも、ショックなことも、自覚していなかった。

    それはそうだよね。

    下層なんだから。

    下層は潜在意識を表しているから。

    無意識で、超怒っている!ということがここで判明。

    端的にいうと、こんな人生真っ平ごめんだ!

    と言っているんだよな。と思う。

    こんな世の中は嫌なんだと、私は心の底から叫んでいた。

    自由のない世界は嫌だ。

    マスクをし続ける世界なんか嫌だ。

    子供が苦しいと言っているのに、なぜマスクをしなくてはいけないんだ。

    店や、公共施設がお願いしますというのなら、

    こちらもつけたくないんです、お願いします。と言ってもいいはず。

    マスクをすると頭が痛くなる。

    大体、コロナを防ぐ力はないのだよマスクには。

    馬鹿馬鹿しい。

    ウイルスの大きさと、マスクの穴を比べてごらんなさいよ。

    マスクの穴が大きくて、完全に通過しちゃうから。

    馬鹿らしくて、付き合っていられないよ。

    等々、、、、言い出したらキリがないほど、世の中に怒っていたことに気がついた。

    赤は、行動のエネルギー。

    怒りを燃料にして、私は進んでいくしかありません。

    戦うことはしない。

    NOという気持ちは示したいと思う。

    だから、できるだけ、マスクを外す生活を始めています。

    けれど、一緒にいる人が、マスクを私がしないことで、

    とても不安になっっている時は別。

    不安の原因もさまざまで、コロナを撒き散らす非常識な人といると、自分が感染するかもしれないという不安もあれば、

    マスクを信じている人たちに、

    叱られたり、注意されたりしないかと、ハラハラしている場合もある。

    けれど、幼稚園のお迎えでは、どこまでつけるべきか考えてしまう。

    こどものマスクを外したいのであれば、

    大人も外すべきなんじゃないだろうか?

    幼稚園の3年間。

    娘は、先生の顔を見ることなく卒園することになるのだろうか。

    幸い、強制しない幼稚園だから救われて言えるけど、

    顔を見て、笑顔を見て、先生との思い出を作ってほしいなと思っている。

    「今この瞬間」に怒っているなら、

    自分で、楽園を作るしかないのだから、

    私にできることをするしかないんだよね。

    同じ思いの人が増えることを祈ります。

  • 「自分を演じるとき」人は疲弊する

    「自分を演じるとき」人は疲弊する

    先日、1泊2日でオーラソーマの研修を受た。

    HSPの気質がある私は泊まりがけの活動をすると、その時は楽しく過ごせても、帰宅後体が動かなくなることが多い。

    にもかかわらず、今回は寝込むことなく過ごせている。

    それはどうしてだろう?と考えてみた。

    「ああそうか。自分が自分のままでいられたからだ。」

    いつもは、お邪魔させていただいた場所のオーナーだったり、

    その場にいる人が何を自分に求めているのか、探りながら過ごしていたことに気づく。

    夫婦で一緒の場合は、

    夫と仲良しだと思われるにはどう行動すると良いか。

    良い妻に見られるにはどう行動すると良いか。

    良い母に見られるにはどう振る舞うと良いか。

    幸せで何も問題ない人としてみられるにはどうしたら良いか。

    あげたらキリがない。

    相手に合わせて、自分を作ろうしていれば、疲弊せるのは当然のこと。

    等身大の自分でいることが、

    ありのままの自分でいることが、自然のこと。

    ありのままの自分を否定されるのが怖い、

    ただの自分なんて、ダメに決まっているから不安になる。

    だから身を守るために、私はいろいろなものを身につけて、

    相手に合わせた自分になろうとして、

    無理をしていたのだと思う。

    それって、何が起きても大丈夫なように、

    備えて身構えているということだから、

    チグハくな印象を周囲の人に与えることにはないだろうか?

    雪が降ってもいいように、毛糸の帽子を被る。

    急に暑くなった時のために、ノースリーブのシャツを着て、

    身動き取りやすいようにズボンを履き、

    可愛く見えるようにスカートも重ね着する。

    周りの誰かに合わせた自分を作ろうとすると、こんなファッションになってしまう。

    正直いうと、こんな格好の人には近づきにくいかも。

    このファッションをしている当人も、暑苦しいし、居心地悪い。

    疲弊するの、当たり前だよね。

    誰かのためではなく、今ここにいる自分でいることに努めた方が

    ずっと気持ちいい。

    私は私。

    他の誰かになることはできない。

    平均的な私でいる必要もない。

    個性的なあなたや私がいるから、世の中は循環し、美しいものになるんです。