月: 2022年4月

  • 夫は釣った魚に餌をやらない

    夫は釣った魚に餌をやらない

    釣った私に餌を与えていた頃

    私の夫はそんなに器用なタイプではありません。

    付き合い初めの頃は、必ず手を繋ぎ、私のペースに合わせて歩いてくれました。

    エスカレーターでも必ず上りは夫が後ろに周り、下では先に乗るという、

    安全意識の高いエスコートしてくれました。

    今までの人生で、こんなに大事にされたことがないと思っていたことと、

    感覚、価値観、笑いのツボなどが似ていたので、この人なら長い時間過ごせそうだなと感じていたことが

    結婚の決め手でした。

    一緒に働いていた期間が2年ほどあり、付き合ったのは2ヶ月ほどで結婚を決めました。

    お互い、30代後半で結婚を意識したこともあり、温める必要性を感じていませんでした。

    本当に、これでもかというほど大切にしてくれていたんです。

    妊娠期間も、何よりもまず私のことを考えて行動してくれていました。

    子ども誕生 結婚詐欺

    その恩恵は、子供が生まれた日からぱたっとなくなります。

    全て娘に移行しました。

    あまりに可愛くて仕方がないのと、初めての体験と、様々な思いがあったのでしょう。

    繰り返しになりますが、

    私の夫は器用なタイプではない。

    そして、ひとつひとつ、きちっと身の周りのことを把握したい人なので、

    守備範囲も広くないと思います。

    出産しても、ある程度はわたしへの

    安全警備意識も継続すると思っていたのですが、

    想像以上に、夫の守備範囲の外の存在になりました。

    0歳児娘の安全と幸せが何よりも大切。

    それはもちろんです。

    しかしこんなに、変わるものか!と。

    例えば、

    ベビーカーを押した夫と私で歩いていた時、

    寒い道だからという理由で、

    ものすごく大股でスピードを上げて歩く夫。

    みるみる、3メートル、5メートル、10メートルと距離が開いていきます。

    もちろん、娘には防寒具しっかり着せています。

    これじゃ、のんびり散歩も楽しめません。

    「置いてかないでよ!」

    と叫ぶ始末。

    これこそ、結婚詐欺です。

    大事にしてくれると確信して、結婚しました。

    しかし、娘が産まれた途端、

    反故にするなんて!

    環境の変化に合わせてコミュニケーション

    結婚して7年。

    今では、生活を共にし、目指す目標に向けて頑張る同志のような関係になっています。

    ラブラブという雰囲気は0。

    これは、日本的な夫婦というのでしょうか?

    今思うと、恋愛期間をふと思い出せることが、今の励みにもなるので、その短い期間を

    思い切り楽しむのは大切です。

    人間の脳の構造から、恋愛モードが続くのは3ヶ月ほどだそう。

    その間の思い出は、本当に大切です。

    結婚し、寝食を共にするようになると、

    さらにお互いのことがたくさん見えてくる。

    違う環境で生きてきたのだから、

    それを擦り合わせて、譲り合って、

    育った家のルールに則るのではなく、

    私たちが目指したい家庭とはどういうものなのか。

    それを常に一致させることが必要です。

    結婚詐欺!とは思いましたが、

    私も、機能不全家族で育った経緯もあり、

    子育て、娘がのびのび生き生きと過ごせる家庭づくりというのが

    何よりも大切なことなので、

    目指す方向は同じです。

    ですから、娘が誕生して、生活が一変したことで

    適応するまで時間のかかる夫のことを

    見守る役目があったのだと、振り返って感じています。

    生まれた当時より、4年も経つと、

    夫にもゆとりが出てきています。

    視界に私のことも入るようになってきました。

    子育てをしている人は沢山います。

    だから、自然にできるように感じていましたが、少し違うのかもしれません。

    2人の関係が、3人になる。

    しかも0歳児という、未知の存在がやってくる。

    夫婦の距離感、繋がり方にも変化がやってくる。

    オムツの変え方、沐浴の仕方、HOW TOを共有するだけでも大変なのですが、

    常にお互いの心にも目を向けて、

    どんな毎日を過ごしたい?

    何を大切に子育てしたい?

    どんな老い方をしていきたい?

    そんなことも同時に話していくと、

    変化していく家族の流れを

    上手に作り、幸せの輪を広めていくことができるようです。

  • 「毒親」ってどんな親なの?

    「毒親」ってどんな親なの?

    毒親の定義とは

    以前にも書きましたが、

    私は、毒親という言い方が好きではありません。

    けれど、「毒親」という用語を初めてみたとき、

    「よく分かり言葉を作ったな。」

    そう感じました。

    この毒親という言葉、専門家によっても定義は異なります。

    私は、この毒親を、

    「子どものあるがままを受け入れないことで、安心感を与えられない親」

    としています。

    これは、犯罪行為を子どもに対して行うような

    逸脱した親については、別な問題として取り扱っています。

    このブログでは、

    心のあり方を理解したり、

    他の経験談を聞いて、

    自分のことを理解したりすることで、

    生き方が楽になっていける人に向けた

    発信をしています。

    毒親と愛着スタイルの関係

    毒親は、「子どものあるがままを受け入れないことで、安心感を与えられない親」ということなのですが、

    幼少期に家庭で安心感を得られずに育つと、

    子供は健全な人と、健全な愛着を結ぶ方法がわからなくなります。

    健全な愛着の形を学んだ人は、

    友好的に、良好なコミュニケーションを他者と結び、

    世界は自分にとって安全で、自分らしさを表現しても大丈夫だと感じている。

    健康的な精神をもつことができている。

    やりたいと思ったことには、何にでもチャレンジすることができ、

    努力を継続的に続けることがでる。

    自分には能力があると認識している。

    適切な自己肯定感を感じながら生活ができる人。

    こういった人物になるには、何が必要かというと、

    安定した愛情表現を、母親的役割の人から提供してもらっているかどうか

    ということです。

    その反対で、

    親を「毒親だ!」と思っている人は、

    親から自分らしさを否定され、不安や恐怖を感じる生活を続けたことで、

    世界は危険なところだと潜在的に認識するようになり、

    自分らしさを表現することができなくなったり

    人と関わる上で、傷つく経験を重ねている人。

    自分には価値がないと感じ、息苦しさを感じている人。

    つまり、子どもの愛着形成の形が、毒親を考える上で重要だということになります。

    ボルビィの愛着理論

    ①安定型の愛着スタイル

    自分が求めるときに養育者(主に母親)から十分な愛情を提供してもらえています。安定的なつながりを安全基地としていて、失敗を恐れず外の世界へと冒険することができ、困ったときは人に助けを求めることができます。

    人間関係で理不尽な問題が起こったとき、自分ではなく相手がおかしいと感じながらも自分から身を引く行動を取る選択ができます。

    ②不安型の愛着スタイル

    養育者(主に母親)が不安定でムラがあることから、自分が求めるときに優しくされたり冷たくされたりしないかと顔色を伺うようになり、不安定な環境で育つ。大人になってからも「相手から見捨てられるのではないか」と対人関係に不安を抱える。

    人間関係で理不尽な思いをしたとき、「自分のせいだ」と感じ、自分を責めるようになります。

    ③回避型の愛着スタイル

    養育者(主に母親)の愛情表現が乏しかったり、極端に厳しい躾だったり、愛情を感じにくい環境で育ったりしたことから、他者との関わりに強い苦手意識を持つようになります。関係そのものが苦手で、自分から終わらせることが多くなります。

    人間関係で理不尽な目にあったときは、相手がおかしいと思いながら、自分から引くようになります。

    ④恐怖・回避型の愛着スタイル

    精神的・物理的に養育者(主に母親)から自立を求められたり傷つけられたりする環境で育つことで、他者から愛情を求める一方で、濃密な関係を無意識に避けるようになります。自分でもコントロールできないジレンマを感じることがあります。

    人間関係で理不尽にあったときには、相手がおかしいと思う時と、自分がおかしいと思う時が、気分によって変わるようになります。

    毒親は愛し方が不器用な人

    ボルビィの定義で言うと、「毒親だ!」と子どもから呼ばれる人は、②不安型、③回避型、④恐怖・回避型の愛情を、子どもに与えている人です。

    こうした愛情表現に至る理由は、

    親自身が、同じく毒親に育てられていて、不器用な愛しかもらえていない場合と、

    発達障害の影響を受けている場合があります。

    その両方が掛け合わされていることも多いようです。

    毒親の影響から脱却するには

    まずは、自己共感をして、自分の心の傷を癒す必要があります。

    そのために、親を批判し、毒を吐き出す過程を通ることになるでしょう。

    自分をたっぷり癒す時間がまずは大切です。

    その次に、親が、毒親になってしまった背景を考えていく段階に進んでいけると

    感じています。

    毒を与えた相手を理解しようとするのは、苦しいことかもしれません。

    苦しいな、できないな、と思うのであれば無理にする必要はないと思います。

    そういった時は、自己共感の過程に戻りましょう。

    もし、親を理解しようと思えるのであれば、

    不器用な愛しか与えられなかった事情、

    発達障害の可能性を考えてみてください。

    親を理解することで、

    子どもは、自分が上手く生きられないことは、

    自分のせいではなかったのだと、思えるようになります。

    親を客観的に理解した上で、

    適切な愛情とはどういうものなのかを、

    大人になった自分が学んでいくことで、

    必ず世界が自分に対して優しいものになり、生きやすくなっていきます。

  • 親を無条件に受け入れたとき

    親を無条件に受け入れたとき

    無条件に親を受け入れる赤ちゃんの力

    今朝、掃除をしながら、ふと思いつきました。

    「赤ちゃんは、人を受け入れる力を持っている。」ということ。

    どんな親でも、

    全て受け入れ、きらきらとした目で見つめてきます。

    どんなに未熟でも、

    何ができなくても、

    赤ちゃんは、世界を受け入れ、手を伸ばします。

    これこそ、無条件の愛。

    幼児が求める母性

    少し成長すると、

    お母さんは、なんでもしてくれる人。

    自分が悪くても、

    泣いても、

    悲しくても

    つまづいても、

    不安な時も

    楽しい時も、

    全て理解して、受け入れてくれる人であって欲しい。と願います。

    全てを受け入れてくれないと、

    お母さんの仕事をしていないよ!

    といったメッセージを、娘は伝えてくるようになりました。

    「はあちゃんが困ってるんだから、助けてくれなくちゃ。」

    「お母さんなんだから!」

    彼女にとって、

    お母さんは、

    どんな時でも全てを受け止めてくれる人です。

    さて、私と母の関係はどうでしょう。

    「何かをしてくれないと、母から大事にされていないと感じているのではないか?」

    と思いました。

    「お母さんから、最近どうしているかと気にかけて、電話をかけてくれないだろうか。」

    そんなことを、心のどこかで気にしているような感覚があります。

    ああ、これでは無条件に親のことを受け入れられていないな。

    と思ったんです。

    私の母は、自分から進んで連絡を取るタイプではありません。

    近況を気にしていないわけではないけど、

    女性性がかなり少ないタイプなので、

    人との連絡の取り方などが、男性的です。

    こちらからメッセージや、写真を送っても、

    既読になるだけなのは、いつものこと。

    それを、どこかで、

    「普通、お母さんていうものは、既読にするだけで済まさないんじゃない?

    おばあちゃんなんでしょ。孫の写真送られて、なんかいう事ないのかな。」

    という気持ちになっていた気がします。

    本当に、女性的な柔らかな雰囲気で、

    周りを包み込むようなことがとても苦手な人です。

    その必要性も、おそらく本人は感じていない。

    私の娘がイメージする「お母さん」というものとは、違う雰囲気の人です。

    娘が私に要求しているのは、

    母親の役割というよりも

    「母性」ではないかと思います。

    本能的に、求めているものです。

    そこで、求めてるものが得られなかった場合、

    「こんなの愛じゃない!」

    と欠乏感を感じはじめます。

    「お母さんていうのは、こういうのじゃないんだよ。」

    「悲しい時に、なんで無視するの?」

    「嫌味を言うなんて、お母さんじゃない!」

    全てを受け入れてくれない親に対し、

    怒りなどを持つ人も多いはず。

    これが病的に進んだものが、愛着障害になり、アダルトチルドレンを育てます。

    無条件に受け入れられたいなら、無条件に相手を受け入れる

    大人になった、アダルトチルドレンは、

    人との関わり方などに、問題が生じやすくなります。

    レジリエンスと言われる回復力も弱く、

    ストレスを感じやすい。

    簡単に言うと、「打たれ弱い」人格になります。

    適応障害は、アダルトチルドレンや愛着障害を持った人の、

    二次的な障害であるケースもあります。

    私の場合、

    かろうじて、親の行動が以前より改善されたことにより、

    現在もやりとりを続けられる状態にいます。

    私は、もういい大人になって、

    自立したのだから、

    「親のありのままをみて

    受け入れてみたらどうだろう。」

    女性的に受容したり共感したりする雑談、会話が自然にできないこと

    人を批判する会話が多いこと

    急にイライラしたり、怒ったりすることがあること

    完璧主義で、何でも自分の思った通りにやりたいこと

    自分が取った行動で、相手がどう思おうか関係ないと切り捨てられるところ

    絶対的な根拠のない自信があるところ

    これらの「母性」とは対局の要素が強い私の母。

    これが母のありのままの姿です。

    これは、変えることができない。

    子どものときは、こんな母よ一緒にいるのが大変だった。

    けれどもう私は大人です。

    自分で自分を満たすこともできます。

    私の母は、これでいいんです。

    これが私の母です。

    そう思うことで、私の心が楽になります。

    母へ投げかける言葉は、

    きっとこれから、もっと優しい言葉かけになることでしょう。

    その結果、母も私ともっと

    話しやすくなる。

    本来は、

    母親から変わって欲しいと思うでしょう。

    だって、お母さんなんだから。

    けれど、母もただの人です。

    もう大人になった私なら、

    母を一人の人として、まるごと認め、受け入れることができるはずです。

    「お母さん」との関係に悩む全ての人へ

    母との関係を楽にする道のりは、

    とても苦しい道のりです。

    たくさん涙も出ることでしょう。

    色々な感情が溢れ出すことがあるはずです。

    一人で抱えることが、辛いとき、

    そのことに関心を持って

    話を聞いてくれる人が必要です。

    そんなときは、ぜひお声かけください。

    一緒に考えていきましょう。